総エネルギー補償 (Total Energy Compensation)

以下の説明ではグライダーを例にしているが、パラグライダーでもハンググライダーでも基本的には同じ理論が当てはまります。色々ややこしい部分があるのでよく分からない方、間違いを見つけた方はご連絡いただけると幸いです。

気圧の変化のみから高度変化、上昇(下降)率を演算すると、上昇気流による上昇とピッチ操作にともなう機体の上昇は区別することができない。高校の物理で習うエネルギー保存の法則を思い出してもらいたい。運動エネルギーと位置エネルギーの和は保存されるという法則だ。例を出して説明しよう。

今90km/hで100mの高度を飛行中のグライダーがいる。滑らかにピッチを上げて72km/hまで減速すると高度はいくつになるか?(この操作によるエネルギーロスは無視、瞬時に操作が行われるため滑空による高度のロスは伴わないと仮定する)

vario

減速前の状態を_1減速後の状態を_2で表すと、エネルギー保存の法則は以下の式で表現できる。

    \[\frac{1}{2}mv_1^2+mgh_1= \frac{1}{2}mv_2^2+mgh_2(1)\]

mはグライダーの重量[kg]、vは速度[m/s]、hは高度[m]、gは重力加速度とする。

両辺をmで割ることで減速後の高度はグライダーの重量に関係なく求めることができる。

    \[\frac{1}{2}v_1^2+gh_1=\frac{1}{2}v_2^2+gh_2(2)\]

時速と秒速に気をつけて計算すると減速後の高度h_2は111.48[m]となる。
この操作を1秒間で行った場合、上昇率は11.48[m/s]となる。はたしてこの上昇にバリオは反応すべきか、すべきでないか?

動力機の場合は純粋に対地的な機体の上昇率(降下率)を把握することがより重要であることが多いから答えは「反応すべき」であるが、バリオをソアリングに用いる滑空スポーツにおいては答えは「反応すべきではない」である。なぜか?

ソアリングにおいてはカタログ上の最良滑空比の速度で常に飛ぶことはない。シンクが強い、あるいは風上に向う場合は速度を上げるし、上昇気流帯では速度を抜くことが有効なこともある。しぶしぶの条件のときにバリオがちょっとプラスにふれたので、速度をちょっと抜きながらセンタリングを開始したとする。するとバリオはサーマルの強さ+減速に伴う上昇率の合算値を表示してしまい使い物にならない。降下でも同様のことが言えて、-3m/sほどの強いシンクに入った。進路を変えるなどしてみたが一向に降下率は改善されないので、速度を上げてシンク帯から離脱することにした。このときは下降風の強さ+増速に伴う降下率の合算値を表示してしまい、シンクが強くなったと勘違い→さらに増速→シンクがさらに強くなったと勘違い→…を繰り返してしまう。

このようなピッチ操作に伴う見かけ上のサーマルをスティックサーマルと呼び、パイロットをむしろ惑わす計器の指示である。バリオは機体自身の上昇(降下)率ではなく周りの気流の上昇(降下)率を指示してもらうほうが好ましい。つまり高度変化の絶対量から速度の変化分に伴う(エネルギー保存の法則に伴う)高度変化分を差し引く仕組みが必要であり、これをTotal Energy Compensation(本ページでは以下TECと呼ぶこととする)と呼ぶ。(日本語では総エネルギー補償とよぶ)

バリオにはこのTECに対応しているものとしていないものがあるが、パラグライダーやハンググライダーで使うようなコンパクトな電子バリオは、TECに対応していない機種が多く、対応している機種は飛行速度を測定する機能も併せ持つ高額で高機能なものとなる。一方でグライダーに装備されているバリオは現在はほとんどTECが組み込まれていると考えてよい。バリオで判別するというよりは後に説明するTotal Energy Probeを使用してるかいないかで判別すると良い。

TECは気圧(静圧)の変化ではなく動圧と静圧の変化両方をうまく観測する仕組みと考えてよい。

バリオの説明ページで紹介した高度と気圧の関係式を復習すると

    \[P=P_0  (1-0.0065  h/(t_0+273.15))^{5.258} (3)\]

(3)を元に100mと111.48mでの気圧差を計算すると(P_ot_0はそれぞれ標準大気状態である1013.25hPaと15℃とする)、1.37hPaとなる。

このときバリオの圧力センサが気圧そのものを測定してしまうことがスティックサーマルの根本的な原因である。上昇風によって高度が上がる場合は速度は変化せず高度のみが変化する。下の図を見てもらいたい。一番左は初期条件を表し速度90km/hで100mの高度を飛行中である。真ん中のエネルギー保存の法則に従い、減速分のエネルギーと等価の高度上昇を得たもの。一番右は飛行速度は変わらず、上昇風によって111.48mまで上昇したケースである。

TEC

このときグライダーがもつ総エネルギー(速度エネルギーと位置エネルギーの総和)は右の状態が一番大きく、左と真ん中の状態は等しい。総エネルギーが高いほど機体はより早く、より高く飛行しているということである。つまりバリオは静圧の変化ではなく総エネルギーの変化に反応してもらいたいということである。

しかし問題は総エネルギーそのものを直接計測することはできない点である。計測できるのは圧力(圧力差)である(もちろん圧力もエネルギーなのだが)。総エネルギーを測ると考えると高度が高いほど、速度が速いほど大きな値になってほしいのだが、計測できる圧力を見てみると例えば大気圧は高度が高いほど圧力は下がってしまう。一方で速度エネルギーに相当するfrac{1}{2}v^2を見るとこちらは速度の2乗に比例して増加していく。

そこでTECでは高度が高くなるほど、速度が速くなるほど計測値が小さく表現できないかという発想の転換を図っている。つまり

(TEC) = (大気圧) - f(v^2) (速度の2乗に比例する関数) (4)

として表すのである。この式により総エネルギーが高い状態ほどTECは低くなるという状況を数式化できた。先ほどのケースの表を参照してもらいたいが、各3ケースについてこの概念であらわす総エネルギーは左から順に

左) 1001.29-625a
中) 999.92-400a
右) 999.92-625a

(単純にするために単位については厳密にはおかしく、本来は単位はPaとして計算すべきだが結果に大きな影響はないのでこのまま続ける)

定数であるaは正の数であるからaの値によらす、右<左、右<中であることが分かる。総エネルギーが高いほど低い値になることがゴールなのでここまでは順調である。

残された問題は定数aをどう求めるかであるが、左と中の総エネルギーは等しいのでTECも等しいと考える。つまり

1001.29-625a=999.92-400a

という簡単な方程式を解くことで求まり、a=6.0888 x 10^{-3}となる。(あくまでこの説明の中で簡略化した数値なので実機で用いられている定数とは違うことに注意)

このaを用いて(4)式の総エネルギーを計算にしたものが先ほどの表に示すTECの値である。

念のためこの計算式が他のケースでも正しく働くか確かめてみる。

まずは90km/hで100mを飛行していたのを36km/hまで減速させた場合である。
減速後の高度は126.79m、気圧は998.11hPaとなる。TCEを計算すると997.5となり初期条件と一致することが分かる。

次は先ほどの図の右のケース、90km/hで111.48mを飛行していたのを72km/hに減速させた場合。
減速後の高度は122.96m、気圧は998.56hPaとなり、TCEは996.1となりこれも減速前と一致する。

つまりこの定数a=6.0888 x 10^{-3}と速度の2乗に比例する数値が測定でき、大気圧から引くことができればスティックサーマルの発生しない昇降計ができる。

この大気圧から速度の2乗に比例する数値を引いた値を測定するものが総エネルギープローブ(Total Energy Probe)と呼ばれるもので下の図に示すような構造をしている。(左はベンチュリー管)

「total energy probe」の画像検索結果   

どちらも進行方向に向って垂直の方向に伸びる穴があり、付近を流れる気流によって穴から空気を吸い出す方向の圧力(速度の2乗に比例)が発生する。大気圧は常にかかっているのでこのようなProbeを用いることで昇降計には(大気圧)-(吸い出す圧力)がかかり、厳密に設定することでこれまでに求めたエネルギー保存の法則に伴う速度と高度変化を打ち消しあうような定数を実現することができる。

より正しい測定値を得るにはグライダーはすべりのない状態で飛行していることが必要で、すべりを伴う飛行中はいくらTotal Energy Probeを使用していてもずれが生じる。

なおこの説明ページはグライダーを例にとって紹介したが、理由はその飛行速度にある。グライダーの場合は滑空スポーツにおいても速度が比較的早いため、スティックサーマルの影響は無視できない重要な問題である。基本的には固定翼で迎え角を操作し、速度もそこそこあるハンググライダーでもこの影響は無視できないレベルと思う。

一方パラグライダーはどうかというと速度域が遅い事に加え、ブレークコードを引くことで翼形を変えて迎え角を増やしており、抗力増加による速度低下も少なくない。つまりエネルギー保存の法則がグライダーなどよりも当てはまりにくいのではないかと考える。
バリオメーカーのスペックを見ると確かにTECをおこなう機能を持つバリオもあるが、その効果のほどは個人的には気休め程度かもしれないなと考えている。当面は非補償型のバリオを使う予定なので、補償型のバリオと併用する機会がある時に再度考察したいと思う。

なおWikipediaなどではNetto variometerあるいはAir mass variometerというタイプの補償型バリオの説明もあるが、私はこのバリオを見たことがないのでもし原理を知っている方がいたらご教授いただけると幸いです。

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